執筆者
FTA-CPS/介護予防運動指導員
尾田千尋
トレーナー歴25年。大手スポーツクラブに7年間勤務後、2010年独立。「パーソナルトレーニングをもっと身近に!」との想いのもと、札幌で月謝制パーソナルジムを運営。玉石混交のネット情報のなか、イメージやファッションではないエビデンスに基づいており、でも、面白いネタを提供していきたいと考えている。趣味は柔術(青帯)。反抗期真っ盛りの高校生(双子)の父としての顔ももつ。
座りがちな人は落ち込むリスクが2倍
うつ症状を含む気分障害の増加は日本が抱える社会課題の1つです。実際に厚生労働省の調査によるとうつ病を含む気分障害の総患者数は、1996年は43.3万人であったのに対し、2011年時点では95.8万人と2倍以上に増加しており、今後ますます増加していくことが容易に想像できます出典[3]。そしてこれはデスクワークの増加などによる座位時間の延長が大きく関わっているかもしれません。
2016年に明治安田厚生事業団が13,498名を対象とした研究結果によると、1 日の座位時間が 6 時間未満の群と比べ、12時間以上の群ではメンタルヘルス不良が2倍以上多くなった、という研究結果が出ています出典[1]。
メンタルヘルス関連の問題について、日本ではまだまだ「本人のやる気の問題」で片づけてしまいがちですが、このようにライフスタイルや環境が大きく影響している可能性があります出典[2]。
自分の気分が下がっている時はもちろん、友人や職場の同僚が落ち込んでいる時は、座る時間を減らすようにはたらきかけてみるとよいかもしれません。
ほんの少し身体を動かすだけで気分は改善する
座りっぱなしのリスクについて怖い事実を述べてきましたが、安心して下さい。
ほんの少し身体を動かすだけでも気分は改善され、メンタルヘルスにも良い効果があります。
高齢の日系アメリカ人男性(慢性疾患なし)を対象にした研究によると、1日で距離にして約400m以上の身体活動をするだけでも8年間の抑うつ症状のリスクが低減したとの実験結果が出ています出典[4]。
ポイントは低強度の運動(もしくは活動)で良いということ。気分が落ち込んでいる時に、なかなか「よし、気分転換にスポーツやろう!」とはなりませんよね。
それでは、具体的にどのような活動や運動があるのか、はじめやすい順に説明していきます。
気分が沈んでいる時に取り組みたい8つの運動
「気分が沈んでいる時は動きたくないよ!」
確かにその通り。
ここで紹介している活動や運動の中には、テレビゲームや庭作業など「え?そんなんでいいの?」と思われるものも含まれています。
自宅内でできるものから、徐々にやる気が湧いてきた時にやって頂きたいメンタルヘルスに効果の高いものまで、8つの運動をご紹介しているので、ぜひ読んでみて下さいね。
流行りのエクササイズゲームをする
まずは家でゲームをするのは如何でしょうか?
「え?!ゲームがメンタルの改善に役立つの?」と思われる方もいらっしゃると思いますが、実はあるんです。
中等度から重度の疲労を感じている、座りがちなアフリカ系アメリカ人女性15名に家庭用ゲーム機 Wii Fitをしてもらった実験があります。
期間は、週3日、各30分で10週間でした。結果は、Wii Fitの運動プログラム(有酸素運動と筋力トレーニング)によって、被験者達の運動意欲は高まり疲労も軽減。体重、ウエスト周囲径、不安レベル、全痛みの強さも軽減したとのことです出典[5]。
メンタルだけでなく身体も変わるのは嬉しいですね。
気分が沈んでいる時は何も考えずにエクササイズゲームをする。実は、これもメンタルを回復させるための立派な行動なのです。
6週間の軽いストレッチ
エクササイズゲームと同様、自宅で気軽にできるものとしてストレッチがあります。ストレッチも気分の落ち込みを抑える有効性が確認されています。
40〜59才の女性を対象とした実験によると、10分の簡単なストレッチをした後、ストレス反応の軽減がみられ、気分の改善が見られたということです。
また、若干の深部体温の上昇も見られたため、入眠前にストレッチをすると安眠効果も期待できるようです出典[6]。
わずか10分間のストレッチでこのような効果があるのですから、特に寝る前に行うと、気持ちも体も回復が早まることでしょう。
精神を整えるヨガ
10分ストレッチを続けて「自分に合っている」と感じた方は、ヨガにチャレンジしてみるのもいいかもしれません。
ヨガ治療(1回90分。宿題あり)が、大うつ病性障害(MDD/うつ病と同意語。憂うつな気分や意欲の低下など心の症状と、さらに食欲不振、不眠、疲労などの身体的な症状が2週間以上持続する状態)に有効かを評価する実験が行われました。
対象はMDDと診断された18〜65歳の32名。結果は、12週間のヨガ治療後、全員にうつ病と不安の症状を軽減し前向きな心理的症状の有意な改善が認められました。
さらに、ヨガの累積練習時間と心理的症状の改善には相関関係がみられたということです出典[7]。
ヨガ好きな方には嬉しい結果ですね。続けていると、柔軟性もアップしてできるポーズも増えてくるので、精神と肉体の両面で一石二鳥ですね。
庭の手入れをしてみる
自宅での軽い運動に慣れてきたら、徐々に行動範囲を広げていきましょう。
「グリーンエクササイズ」という言葉を聞いたことはありますか?
ある論文には「グリーンエクササイズとは、自然の中で行う運動のこと。グリーンエクササイズは、短期的および長期的にポジティブな健康アウトカムにつながることを示すエビデンスである。」と書かれています出典[8]。
緑に関わるのは、やはり人間には欠かせないこと。
ということで、自宅に庭があるならガーデニングは如何でしょうか?
実は、グリーンエクササイズとしては、ガーデニングはとても有効です。庭の手入れ自体が急性ストレスから回復させ、メンタルヘルスを改善するかもしれない、とする実験結果も出ています出典[9]。
職場での人間関係が強いストレスになっており、一人で過ごすのが好きという方は、庭の手入れからはじめてみるのはいかがでしょうか?
5分だけでも公園に足を運ぶ
イギリスで男女1,252名を対象とした研究によると、もう一つのグリーンエクササイズとして、わずか5分の散歩でも大きな効果が得られたとされています。
男女ともに自尊心と気分を向上させる効果があったとのことですが、特に気分では女性より男性の方がより効果が見られたそうです出典[8]。
たった5分の散歩でも気分が上がる。
男性こそ、気分が落ちている時の散歩は欠かせないかもしれませんね。
週に1回スポーツサークルに足を運んでみる
これまで一人でできる身体活動についてご紹介してきましたので、ここでは気の合う仲間達とのスポーツサークル活動についてご紹介します。
オランダで行われた座位での仕事が多い勤労者1,747名の3年間の追跡調査によると、熱心なスポーツサークル活動を週1,2回すると、将来のうつ病や感情的疲労のリスク低減に有意な関係があるということです。
面白いことに、週3回このような活動している人達では、有意な関係をみることはできなかったとのこと。週1,2回の適度な活動の方がメンタルヘルスには効くようです出典[10]。
スポーツサークルは共通の趣味を持った利害関係のない人間が集まっていることが多いです。
運動自体の効果に加え、自然と交わされるコミュニケーションもメンタルには良い影響を与えてくれるのでしょう。
気持ちが前向きになり、何か意欲的に活動してみたくなったタイミングが来たら、ぜひ最寄りのスポーツサークルに連絡して体験に行ってみて下さい。
1日30分のインターバル速歩
気持ちが落ち込んでいる場合「1日20分、週3回、中強度の運動ができれば十分」とする研究がありますが、出典[11]中には「きつくても良いから、もっと短時間で効果を出す方法はないの?」という方もいらっしゃるでしょう。
そういう方にはインターバル歩行がおすすめ。
インターバル歩行とは、ゆっくり歩くと早歩きを繰り返す歩き方のことです。
ややきつい程度の30分間のインターバル歩行運動を10日間継続することで入院患者の抑うつ度が改善するとする研究結果も出ています出典[12]。
外出が負担にならなくなってきたら、早歩きなどを行うとメンタルの回復も加速度的に早くなると思われます。
歩くことは費用対効果の高い運動です。自己肯定感が回復してきたら、ぜひ街へ飛び出しましょう!
会話ができる強度でのジョギング
インターバル速歩を3ヶ月ほど続けることができた方なら、次の段階としてジョギングに移行するのも良いかもしれません。速歩は歩行動作中に両足が地面から離れることはありませんが、ジョギングは両足が地面から離れるタイミングがあり、強度が高くなります。
大うつ病性障害の156 名(年齢 50~77 歳)を運動群と抗うつ薬投与群。そして、運動と抗うつ薬の併用群の 3 群に無作為に割り付けた実験があります。
運動の内容は、週3回、中強度(ギリギリ横の方と話せるけど、歌えない位のペースだと思って下さい)でのウォーキング、もしくはジョギングを30分間実施するというものでした。
この実験では、16週間の介入によって全ての群でうつ症状が改善し、6 割以上が大うつ病性障害の診断基準に該当しなくなったとのことでした出典[13]。ちなみに一番改善したのは運動と抗うつ薬の併用群であり、運動のみを行った群と薬のみを使用した郡はほとんど同じ効果が得られました。
日常生活の中で定期的にジョギングができている方は、メンタルヘルスの維持がうまくできているのではないでしょうか。
前述した週1回のスポーツサークルと合わせてできたら組み合わせとしては最高ですね。
まとめ
日本人は座っている時間が世界一長いです。座位時間の長さと気持ちの落ち込みやすさには関係性があることがわかっています。
メンタルを整えるための運動として、本記事では、自宅でできるものから外でできるものまで8つの活動や運動をご紹介致しました。
運動はメンタルヘルスの改善には有効である、とする多数の研究結果が出ています。できるものから順を追って焦らず実践していきましょう。
出典
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https://www.jstage.jst.go.jp/article/tairyokukenkyu/114/0/114_1/_pdf/-char/ja
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- 3.
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https://dspace.jaist.ac.jp/dspace/bitstream/10119/13261/1/kouen30_213.pdf
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