執筆者
管理栄養士
井後結香
管理栄養士の資格取得後、病院に勤務。献立作成や栄養指導を経験後、健康相談員として地域の特定保健指導業務や疾病の重症化予防事業などに取り組む。健康管理の要となる食事の記事では、無理なく日々の生活に取り入れられるような内容を心掛けている。手軽かつ楽しい食改善で体質の向上を目指せるよう、読みやすく分かりやすい文章での紹介に努めている。
納豆と精子の関係とは?
納豆は女性において、更年期の女性ホルモンの揺らぎをサポートする効果が注目されています。
しかし男性においても納豆の摂取は性機能によい効果をもたらすようです。
とくに注目したいのが精子へのよい影響です。まずは納豆と精子の関係について、学術的観点から解説しましょう。
ビタミンKが精子の成熟をサポートする
納豆にはビタミンKが豊富です。納豆自体にビタミンKが多く含まれることに加え、納豆菌が腸内でビタミンKの合成を促すため、ビタミンKの摂取源として非常に効率的です。
ビタミンKにはもともと、血管やほかの臓器にカルシウムが沈着して骨のように硬くならないよう、細胞外のカルシウム濃度を保つ役割が確認されています。
とくに精子が成熟する場所である精巣上体腔内は低いカルシウム濃度で保たれています。カルシウム濃度が上昇すると精子の成熟を妨げる可能性があるため、カルシウムの調節は非常に重要です。
精巣上体腔内でのカルシウム調節に関わる「γ-グルタミルカルボキシラーゼ(GGCX)」と「マトリックスGlaたんぱく質(MGP)」は、どちらもビタミンKにより活性化する酵素出典[1]。
GGCXとMGPによるカルシウム調節が未熟な精子や運動性の低い精子の割合を減らし、精子の状態を改善するために役立つかもしれません。
ラットを用いた動物実験では、「ワルファリン(ビタミンKの作用を打ち消すように働く薬剤)」を投与したところ、精子の運動性が15mgのワルファリンの投与で半分以下、30mgのワルファリンの投与で10分の1以下に低下したことが確認されました。さらに、精子無力症の不妊男性においては、GGCX遺伝子に変異が見られることも確認されています出典[1]。
ビタミンKの作用不足や、ビタミンKが活性化するGGCXの異常はこのように、生殖能力に影響を与える可能性があります。
十分な量のビタミンKを摂る手段として、手軽に食べられる納豆は重宝するでしょう。
サポニンやイソフラボンが酸化ストレスを減らす
納豆には複数の抗酸化物質が含まれています。過剰な活性酸素の働きを抑え、酸化ストレスを減らして精巣の機能を守る効果が期待できるでしょう。
今回は納豆に特徴的なサポニンとイソフラボンの抗酸化作用について確認します。
まず2023年にイランのタブリーズ大学から発表された論文では、糖尿病マウスへのサポニン投与による精巣への影響が確認されました。
サポニンの投与を8週間続けた糖尿病ラットでは血中テストステロンに加え、酸化ストレスの多さの指標としてよく確認されるマロンジアルデヒド(MDA)や、抗酸化能力の高さの指標となるグルタチオンペルオキシダーゼ(GPx))、スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)に次のような変化が見られています。
【糖尿病ラットへのサポニン投与における影響出典[2]】
糖尿病マウス | サポニン投与 | |
血中テストステロン | 約7割低下 | 低下なし |
MDA | 約3.65倍 | 約2.54倍 |
GPx | 約61%低下 | 約20%低下 |
SOD | 約53%の低下 | 約17%の低下 |
さらに高齢のラットが大豆イソフラボンを8週間摂取した実験では、血中テストステロン濃度や、MDA、SODに加え、抗酸化能力の高さの指標となるグルタチオン(GSH)にもサポニンと同様の変化が生じています。
【高齢ラットへのイソフラボン補給における影響出典[3]】
高齢マウス | イソフラボン投与 | |
血中テストステロン | 約54%低下 | 約12%低下 |
MDA | 約2.31倍 | 約1.74倍 |
SGH | 約30%低下 | 約9%低下 |
GSH | 約31%低下 | 約5%低下 |
糖尿病や老化による酸化ストレスの増加と抗酸化能力の低下をサポニンやイソフラボンが防ぎ、テストステロンの減少を抑えるように機能することがわかるでしょう。
精巣を若く健康な状態に保つため、納豆由来の抗酸化物質が役立つかもしれません。
スペルミシンが精子を増やし運動性を高める
納豆に特徴的な物質としてもうひとつ「スペルミジン」を紹介しましょう。
スペルミジンはすべての生物の細胞に含まれるポリアミンという物質のひとつであり、抗酸化物質としての機能も確認されています。
スペルミジンとスペルミンはともに精液の精漿中に存在する物質。生体内でスペルミジンとスペルミンがお互いを変換し合うことで量を調節しているとされています。
精液のスペルミジンやスペルミンの含有量と、精子の運動性の間には相関関係が認められています。
精子数が多いほどスペルミン含有量が高く測定されたことから、スペルミジンやスペルミンの存在が、精子の量や質によい影響を与えているものと考えられています出典[4]。
また、スペルミジンやスペルミンには酸化ストレスから精子を守る役割も確認されています。豚の精子を体外へ取り出した際、スペルミジンやスペルミンにより精子の損傷を抑制できたとの報告があり出典[5]、精子の質を保つために役立つ可能性があるでしょう。
乏精子症の患者では精液中のスペルミンやスペルミジンなどに大幅な減少が確認されています出典[6]。ポリアミンの不足は精子数の減少と関連している可能性もありそうですね。
このように、スペルミンやスペルミジンの存在は精子の量や運動性によい影響を与えるようです。納豆のようなスペルミジンが豊富な食品の活用により、精子をケアする効果が期待できるかもしれません。
腸活によりテストステロンが高まる可能性
発酵食品である納豆からは善玉菌を摂取できます。加えて大豆の食物繊維が善玉菌の餌になり腸内環境を増やすように働くため、腸内環境を整える効果が期待できるでしょう。
腸内環境が悪化すると、肥満や炎症により炎症性サイトカインの放出が盛んになります。炎症性サイトカインによる精巣へのダメージは非常に深刻。腸活により肥満や炎症のリスクを下げられれば、テストステロンや精子を保護しやすくなる可能性がありますね。
さらに腸内細菌叢は腸と脳の結びつき(腸脳相関)を介して生殖腺の発達や男性ホルモンの分泌を調整する可能性があります出典[7]。
ストレスを感じるとお腹が痛くなる、という経験がある方も多いことでしょう。不安や抑うつなどの心理的変化は脳のホルモン調節機能にも影響を与え、自律神経を乱すことからさらに腸の動きを悪くしてしまうのです。
また腸内細菌叢の悪化によるお腹の不快感が脳に届くと、不安や抑うつといったネガティブな感情が生じやすくなります。
腸の健康と脳の健康はこのように相互に影響する一面があります。腸の健康を整えることで脳のホルモン分泌機能が保たれ、テストステロンの低下を防ぐように働く可能性が指摘されているのです出典[7]。
たとえば2013年にカナダから発表された論文では、オスのラットの腸内細菌の多様性を高めることにより血清テストステロンが高まりました。この腸内細菌叢をメスのラットに移植した上で成長させたところ、テストステロンの上昇や炎症反応の減少が見られたのです出典[8]。
さらに腸内細菌叢は男性ホルモンの分泌に加え、勃起不全(ED)にも関連している可能性があります。ED患者では腸内細菌の多様性が少ないとのデータも存在しているため出典[9]、腸活は勃起力を高めたい方にも役立つかもしれません。
納豆を食べる際に気を付けたいこと
このように、納豆は男性において精子の量や質を高めたり、精子の合成場所である精巣を保護したりする効果が期待できます。
またテストステロンの分泌量を増やしたり、EDを改善したりする可能性も指摘されており、性機能や性欲全般の改善に関わると考えられそうですね。
ここからは精子をはじめとする生殖機能の改善のため、納豆を食べる場合のポイントについて解説します。
1日1~2パックを目安に
大豆製品に豊富なイソフラボンは女性ホルモンのエストロゲンに似た構造を持ち、女性ホルモンの機能をサポートするように働く側面があります。
摂りすぎにより女性ホルモンが優位になり、テストステロンが低下するのでは、と考える方もいるかもしれませんね。
事実、テストステロンとイソフラボンの関係について調査した論文では、イソフラボンを1日100mg以上摂取した8件の研究のうち、2件にテストステロンの減少が見られています出典[10]
まず2003年にイギリスのウェールズ大学病院から発表された論文では、男性20名が大豆粉入りスコーン(イソフラボン120mg)を6週間摂取したところ、テストステロン濃度が平均約5.7%低下したとの結果が得られました出典[11]。
また2008年にフロリダ大学から発表された論文においては、男性20名が12か月間、豆乳を1日3回(イソフラボン141mg)摂取したところ、遊離テストステロンが約5.8%低下したと報告されています出典[12]。
テストステロンに悪影響を及ぼさない研究の方が多いものの、減少例もあるため摂りすぎには注意した方がよいとも考えられるでしょう。
論文では、テストステロンへの影響リスクが少ないと判断できる摂取量として、1日に75mgまでとの数値が示されています出典[9]。
厚生労働省のデータでは、納豆100gあたりのイソフラボン平均含有量は73.5mg出典[13]。納豆1パックは40~50gであるため、1日2パックまでであればイソフラボンの影響なく、納豆の恩恵を適切に受けられそうですね。
ほかの大豆製品との食べ合わせにも注意
イソフラボンの摂取量を1日75mgまでに抑えたい場合には、ほかの大豆製品との食べ合わせにも注意すべきです。
豆腐や豆乳、きなこなどの大豆製品にも当然ながらイソフラボンは含まれます。納豆を毎日2パック食べ続けた上でこれらの大豆製品を取り入れると、イソフラボンの摂取量が75mgをオーバーする可能性があります。
やや古いデータにはなりますが、大豆製品のイソフラボン含有量は厚生労働省より次のように示されています。
【食品中100gあたりのイソフラボン含有量(厚生科学研究(生活安全総合研究事業)食品中の植物エストロゲンに関する調査研究(1998)より出典[13]】
食 品 | 平均含有量(mg/100g) |
きな粉 | 266.2 |
大豆 | 140.4 |
納豆 | 73.5 |
煮大豆 | 72.1 |
味噌 | 49.7 |
油揚げ | 39.2 |
豆乳 | 24.8 |
豆腐 | 20.3 |
おから | 10.5 |
しょうゆ | 0.9 |
このデータを参考にすると、たとえば豆乳コップ1杯(200mL)は約49.6mg、豆腐の味噌汁は豆腐(50g)と味噌(7g)の使用で約13.6mgと計算できるでしょう。
1パック40gの納豆のイソフラボン含有量は約29.4mgであるため、ほかの料理と組みあわせる際は次のような調整で摂ることをおすすめします。
- 納豆1パック+豆腐の味噌汁(約43mg)
- 納豆1パック+豆乳150mL(約66.6mg)
抗凝固薬服用者の納豆は厳禁
もし過去に脳卒中の既往があり、ワーファリンのような抗凝固薬を使用している場合には、納豆の摂取は避けるべきです。
血液の凝固にはビタミンKが関係しています。抗凝固薬はビタミンKの働きを妨げることで血液を固まりにくくするように働いています。
しかし納豆はビタミンKの含有量が高く、さらに腸内でビタミンKを大量に産生する納豆菌を含んでいるため、抗凝固薬の効果を打ち消してしまうのです。
ワーファリンと納豆の摂取による影響を調べた臨床試験により、納豆の影響が完全になくなるまでには10日かかり、効果の半減にも3日を要することが確認されています出典[14]。食べる頻度を数日おきに落としても抗凝固薬の効果が薄れてしまうことがわかるでしょう。
血栓形成のリスクを下げるため、抗凝固薬を服用している場合には納豆を食べないようにしましょう。
適度な納豆で精子の質を高めよう!
納豆にはビタミンKやサポニン、イソフラボンにスペルミシンなど、精子の量や質を高める成分が含まれています。またテストステロンを増やしたり勃起力をサポートしたりする効果も期待できるため、生殖能力全般を高めたい場合の食品として活躍できそうですね。
ただし抗酸化物質であるイソフラボンは、大量摂取によりテストステロンを低下させる可能性があります。テストステロンが低下した事例は少数ではあるものの、摂りすぎに注意したい場合には75mgを1日量の目安にするとよいでしょう。
日本では豆腐や豆乳、きなこなどなど、納豆以外の大豆製品を摂る機会が多めにあります。納豆のみであれば1日2パックまで摂取できますが、豆乳や味噌汁などを摂ることを考慮すると、1日1パックの継続が理想的と言えそうですね。
納豆のメリットとイソフラボンの注意点を踏まえたうえで、適量の継続を心掛けましょう。
出典
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