執筆者
NSCA-CPT/調理師
舟橋位於
東京大学理学部卒、東京大学大学院総合文化研究科修士課程終了。大学入学後に筋肉に興味を持ち、自分の体で学んだ理論を体現してきた。日本の筋肉研究で有名な石井直方教授のもとで学び、ティーチングアシスタントとして、学生へのトレーニング指導を行った経験も。自分が学んだ知識を伝えることで、一人でも多くの方の健康をサポートしたいと考えている。
運動がビジネスパーソンに有益な理由3つ
運動の効果はダイエットや健康増進だけでなく、脳を刺激することで、ビジネスに必要な様々な能力にも及びます。
この章では「運動は集中力を向上させる」「運動はマルチタスク能力を培う」「運動がビジネスの課題解決に導く」の3点に着目しながら、運動がなぜビジネスパーソンに有益なのかについて見ていきましょう。
運動は集中力を向上させる
作業に集中できず、仕事の能率が悪いと感じることはありませんか。もしかすると運動が仕事への集中力を向上させてくれるかもしれません。なぜなら運動は集中力の維持に関わる前頭前野という脳部位を活性化させるからです。
実際、2009年に筑波大学を含むグループが発表した論文では、短時間のサイクリング運動により、認知機能を測るテストの得点が向上したこと、その際に前頭前野の活動が高まったことが報告されています出典[1]。
アスリートが一瞬で集中できるのも日ごろから運動を積み重ねているからかもしれませんね。仕事をだらだらと進める癖がついている人は、運動習慣を意識してみてはいかがでしょうか。
運動はマルチタスク能力を培う
またビジネスにおいて重要なマルチタスク能力の向上にも、運動が役立ちます。運動により脳が活性化することで、作業記憶が向上するからです。
作業記憶とは、人が目の前の情報を処理する上で一時的に使用する記憶のことです。脳内で「作業台」として使われていると考えるとイメージしやすいでしょう。運動をすると作業台(作業記憶)が大きくなるため、たくさんの情報を作業台の上に置きやすくなります。結果として色々な情報を一度に処理するマルチタスク能力の向上に繋がるのです。
実際にオーストラリアのチームが複数の運動の効果を解析した2017年の論文では、筋力トレーニングに作業記憶を改善させる効果があると報告されています出典[2]。また、イギリスを主とする複数の機関による研究では、有酸素運動が脳の中の記憶を司る部位である海馬の大きさに影響を与えることが示されました出典[3]。
マルチタスク能力を鍛えたいビジネスマンは、運動も同時に取り組むべきであることがよくわかりますね。
運動がビジネスの課題解決に導く
人間は脳を複雑にはたらかせることで、プロジェクトを達成するために計画を少しずつ練っていったり、その計画を遂行するために、自分の感情や行動を統制したりすることができます。この脳の総合力を実行機能と言います。
そしてマルチタスクの説明をする際に取り上げた論文では、定期的な運動は実行機能の向上に有効であることが報告されています出典[2]。
つまり健康な運動習慣を身に着けることで、仕事の課題解決のために必要な流れを整理することや、感情をコントロールしてモチベーションを維持することができるようになる可能性があります。
なかなか仕事が思い通りに進まないことを実感しているビジネスパーソンは、運動を取り入れて実行機能を改善できないか試してみると良いでしょう。
脳を強化するおすすめの運動
運動がなぜビジネスパーソンに有益であるかをここまでは見てきました。
続いては、運動の種類ごとに、どのようなメリットがあるかを解説していきます。
今回は、「有酸素運動」「筋トレ」「HIIT」「マインドフルネスエクササイズ」の4種類の運動の効果とともに、それぞれの運動の例も紹介します。
有酸素運動
有酸素運動は、特別な道具や設備を必要としないものも多く、誰でも気軽に始めやすい点が魅力の運動です。有酸素運動はBDNF(脳由来神経成長因子)を増加させることで認知機能を向上させる可能性がこれまでの研究で示唆されています。
BDNFとは脳の神経細胞の成長や維持にかかせない脳内物質で、記憶力や学習能力の向上と関係しています。加齢により認知機能が衰えるのは、血液中のBDNFが年を経るごとに減少していくからだとも考えられております。逆にBDNFを増加させることで、集中力や記憶力が向上し、ビジネスの現場で好成績を残せるかもしれません。
2016年にカナダの研究チームが発表した論文では、筋トレよりも有酸素運動の方がBDNF増加に効果的であったことが報告されています出典[4]。
もちろん筋トレにも様々なメリットはありますが、有酸素運動は靴と服さえあればすぐにできます。そのため、ビジネスのパフォーマンスに悩んでいる人は、まず有酸素運動から始めてみてはいかがでしょうか。
有酸素運動の例としては、以下のようなものがあります。
- ウォーキング(関節への負担が少なく、高齢者でも実施しやすい)
- ジョギング(ウォーキングより強度は高く、心肺機能の向上も狙える)
- サイクリング(自転車を使用した有酸素運動)
- ステアマスター(階段を模したマシンを使った有酸素運動)
- 水泳(関節に負担があっても取り組みやすい)
筋トレ
24時間フィットネスジムの急増や筋肉体操の影響からブームが鳴りやまない筋トレ。既に述べた通り、筋肉だけでなく脳を鍛える効果もあります。
2021年に上海大学を含むグループが発表した論文では、定期的な筋力トレーニングが高齢者の作業記憶(マルチタスク)を改善することが報告されました出典[5]。
フォームを気にして、重りを持ち上げながら、回数を数える筋トレはマルチタスク的な運動とも考えられますね。
もし上司から「君はマルチタスクが課題だ!」と伝えられたことがある人は、筋トレを始めてみるとよいでしょう。以下に示すような筋力トレーニングを普段の運動に取り入れてみることをおすすめします。
- 腕立て伏せ(胸や二の腕の筋肉を鍛える種目)
- 懸垂(背中や力こぶの筋肉を鍛える種目)
- スクワット(下半身の筋肉を鍛える種目)
- シットアップ(お腹周りの筋肉を鍛える種目)
- レッグレイズ(お腹周りの筋肉を鍛える種目)
HIIT
HIIT(高強度インターバルトレーニング)とは、強度の高い短時間の運動を、強度の低い運動を間に挟みながら複数回行う運動の事を指します。通常の有酸素運動と異なり、短時間で完結するにもかかわらず、様々な有益な効果があるとされます。その中の1つに脳機能への効果もあります。
実際にイランのチームが2015年に発表した論文出典[6]では、BDNFを増加させる効果は、一般的な長時間の有酸素運動よりも、HIITの方が高いということが示されています。またオークランド大学による別の研究出典[7]では、HIITと通常の有酸素運動は、同程度に実行機能の改善に効果があることも分かっています。
以上のことより、忙しくて長時間の運動が行えない場合でも、うまくHIITを取り入れることができれば、様々な恩恵を受けることができると言えるでしょう。
以下に、HIITの一例を挙げます。
- 20秒間の全力ダッシュと2分間のウォーキングを交互に各5回行う
- エアロバイクを使用して、全力での1分間の運動と、呼吸を落ち着ける程度の強度の2分間の運動を交互に各5回行う
※非常に強度の高い運動なので、ウォームアップを入念に行ってからスタートする
マインドフルネスエクササイズ
ヨガや太極拳に代表されるようなマインドフルネス効果の期待できるエクササイズも脳機能の改善に有効です。有酸素運動や筋トレのように大きく体を動かすことは少ない種類のエクササイズですが、リラックス効果により心身が休息し、普段慣れない動きをすることで、脳が活性化します。
実際に南カリフォルニア大学を主とするチームは、ヨガを3ヶ月間実施することで、血中BDNF量が増加したと2017年に発表しています出典[8]。また、ニュージャージー州立大学が2016年に行った研究出典[9]では、30分の瞑想と30分の有酸素運動を組み合わせて実施することで、抑うつ状態を改善するだけでなく、認知機能の改善にも効果があったことが示されています。
持病があったり、関節に不安があったりする人でも、比較的強度の低いヨガならば実施できるため、一つの選択肢として知っておくと良いでしょう。
マインドフルネスが狙えるエクササイズの例としては、以下のようなものがあります。
- ヨガ
- ストレッチ
- 太極拳
仕事の能率を最大化する運動ガイドライン
最後に、実際にビジネス能力向上のために運動を実施する場合に、どのような点に注意すれば良いかを見ていきましょう。
運動と一口に言っても様々な種類があるため、ここでは、「1回の継続時間」「運動の強度」「運動の頻度」の3点に着目しながら解説していきます。
1回あたりの運動は10分程度~
これまで運動が脳機能を改善し、ビジネスにも良い影響を与える可能性があることを紹介しました。しかし、中には仕事が忙しくて運動の時間が取れなかったり、休日は家族との時間を優先したりしたい場合もあるかと思います。
運動と聞くと、ある程度まとまった時間で継続しないと効果がないと思いがちですが、実は、10分程度の短時間の簡単なエクササイズでも脳に効果があることも示されています。
すでに何回か取り上げた2009年の筑波大学の研究出典[1]では、10分間のサイクリング運動により、注意力や集中力に関連する、脳の前頭前野の活動が高まったことが示されています。2020年に西オーストラリア大学が発表した論文出典[10]では、座った状態30分ごとに、3分間の低強度ウォーキングを行うようにしたところ、作業記憶が向上すると同時に、血中BDNF量も増加したことが示されています。
以上より、脳機能の改善に目を向ける場合は、長時間の運動を行わずとも、職場で時々歩いて体を動かすだけでも効果があると言えるでしょう。
低強度でもOK
運動の継続時間が短くても脳機能の向上にはプラスの効果があることが分かりました。それでは、運動の強度はどの程度が良いでしょうか。
マルチタスクの説明の際に取り上げたオーストラリアのチームの2017年の研究出典[2]は、45分から60分程度の中強度の運動が、認知機能の改善に効果があると示しています。一方で、筑波大学による2018年の報告出典[11]では、ヨガや太極拳を模した超低強度の運動でも、海馬を中心とする記憶システムが活性化され、記憶力の向上に繋がることが示されました。
これらのことより、必ずしも強度の高い運動でなくても、脳には良い影響があると考えられます。張り切って激しい運動を行わなくても効果が期待できるならば、仕事で疲れていても、とりあえず簡単な運動を行ってみようという気分になりやすいのではないでしょうか。
週2回程度から
脳機能の改善を狙って運動を行う場合、1回の運動時間はそれほど長くなくて良く、また、強度の低い運動でもある程度の効果があることをここまでに解説しました。続いては、運動の頻度はどの程度が良いのかについて見ていきます。
複数の研究のデータを改めて分析し直したオーストラリアのチームの研究出典[2]では、週2回以下の運動でも、脳機能に良い影響があることが示されています。
一方で、認知機能に障害のある高齢者においては、短時間で構成される運動を、高い頻度で実行するようなプログラムが、最も認知機能改善に効果がある可能性を、オランダのチームが2019年に報告しています出典[12]。
これらのことより、年齢や現在の状況によって変動はあるものの、週2回以下の運動であったとしても、効果が得られる可能性があると言えるでしょう。
まとめ
今回は、運動が脳機能に与えるプラスの効果について解説しました。脳機能を運動によって改善することができれば、ビジネスにも良い影響が生じる可能性があり、より充実した社会生活を送ることができるでしょう。
忙しくてなかなか運動の時間が取れなかったとしても、短時間で効果の得られるHIIT(高強度インターバルトレーニング)を取り入れたり、仕事の合間の休憩で簡単な運動を行ったりすることで、様々な効能を得られることも紹介しました。
運動と聞くと、大変で難しいものと考えがちですが、簡単なものでも効果があると認識して、少しずつでも自身の生活の一部として取り入れていくように意識してみると良いでしょう。
出典
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