『セロトニン』の効果をご紹介する前に、物質としての特徴や薬による強制増加の副作用など、まずは基礎知識をお話します。

幸せホルモンとも呼ばれリラックスに不可欠

セロトニンは必須アミノ酸のトリプトファンから生成される神経伝達物質の1つです。幸せホルモン・リラックス物質と呼ばれる事からもわかるように、精神を安定させます。

『セロトニン』という名前も、血管の緊張を調整する物質を意味する『Serum（＝血清）』と『Tone（＝調整する）』の単語から名付けられました。

脳内では喜びや快楽を司るドーパミン、恐怖や驚きを促すノルアドレナリンの働きを抑制し、感情の乱高下を抑える働きが報告されています。そのため、脳内量は減少すると、攻撃性の向上や不安感、うつ的症状を引き起こしてしまいます。

また、セロトニンは脳内だけでなく腸内にも多く存在します。単純な物質量の比率だと、90％が腸内に存在するほどです。便通を安定化させ、腸内環境を整える役割も担っています^出典[1]。

食事や運動、日光浴などで分泌増が可能

セロトニンは日々の小さな生活習慣で増やす事が可能です。

世界中で行われている研究では、ウォーキングやランニングなどの有酸素運動、呼吸を整えながら行うヨガ、己に意識を集中させる瞑想などで体内量が増加すると報告されています^出典[2]。

また、日光浴でも体内量が増加します。セロトニンはリラックスだけでなく、起床時の覚醒をもたらす働きもあるホルモンです。そのため太陽光など強い光を網膜が感じると脳内量が増加するのです。

最後は食事。セロトニンの原料は必須アミノ酸のトリプトファンです。タンパク質を多く摂取するとこで、“素”が多く存在する事となり、より多く作られるようになるのです。

ちなみに、セロトニンの直接摂取は脳内量には影響がありません。セロトニンは比較的大きな物質であるため、身体から脳に繋がる細い血管（血液脳関門）を通り抜けられないためです。

脳内のセロトニン増加には、トリプトファンを十分にとり、セロトニンを増やす行動で分泌を促す必要があるのです。

薬（SSRI）の強制増加は副作用があり要注意

体内のセロトニン量を増やす薬『SSRI』。分泌されたセロトニンの体内への再吸収を防ぐ事で強制的に体内量を増加させる働きがあります。実際にいくつもの学術的・臨床学的なデータでも、服用がセロトニンの増加に繋がる事が確認されてきました。

しかしSSRIには副作用も多数報告されています。男性機能の低下や不自然な興奮、不眠症、酷い頭痛など無視出来ない副作用も^出典[3]。

実際に海外の研究ではSSRIを服用する60％〜70％の患者さんで性機能障害が発生しているというデータも存在します^出典[4]。

一時的なストレス過多や気分の落ち込みにはSSRIが有効である場合も少なくありません。しかし長期的にSSRIで強制的にセロトニンを増加させ続けるのは、副作用による生活の質低下にも繋がります。

セロトニンは自ら増やすことができる体内物質です。質の高い生活のためにも、自然な形で体内量を増やす意識をしていきましょう。

セロトニンの役割は幸せ促進だけではありません。性欲や腸内環境、ダイエット、運動能力に至るまであらゆる影響を与えます。そんなセロトニンの効果についてご紹介します。

強い興奮による過度な性欲を抑える

セロトニンは過度な興奮による性欲を抑える働きがあります。

性的欲求に不可欠な「興奮」「勃起」などのスイッチを押すドーパミン。セロトニンはその分泌を抑えることにより、性欲を鎮める効果をもたらします。

海外の薬物療法ガイドラインでは、セロトニンは過度な性的妄想や興奮、気分の落ち込みや不安に関連する好ましくない性的衝動などに有効とされています^出典[5]。

健康の象徴ともいえる性欲ですが、過度な性的妄想や衝動をコントロールする際には、セロトニンを増やす行動を心がけましょう。  

腸内活動を活発化させ便秘解消

セロトニンは腸内環境を整える作用があるため、便秘解消に効果的です。

腸内に存在するセロトニンが筋肉の運動を促進してくれるのです。その結果、口から食べた食べ物は腸内で溜まる事なく、スムーズに体外に押し出されていきます。

また、セロトニンの自律神経調整作用も見逃せません。ストレスを感じ交感神経が優位な状態が長く続くと消化器官に不調を感じる方も多いはず。セロトニンが自律神経を整え、副交感神経が優位な時間を増やす事で腸もリラックスし、自然な排便が促されます。

米国消化器学会もセロトニンを増やす事が効果的であり、5HTT4受容体（セロトニン受容体）を刺激するお薬は便秘など消化器系の機能障害の治療に効果的だと発表しています^出典[6]。

ただし、お薬での半強制的なセロトニン増加は下痢の副作用も報告されています。運動や食事など健康的な方法で体内量を増やし、健康的な腸内環境を実現してくださいね。

食欲の抑制効果で痩せ＆ダイエット効果も

脳内のセロトニンを増やすことで食欲抑制、ダイエット効果が期待できます。

理由はシンプルで満腹感を感じやすくなり食事量が減少するためです。そもそも食欲とは体内の空腹ホルモンが刺激される事で沸き起こります。セロトニンは空腹ホルモンを強烈に刺激する神経ペプチドY（NPY）の働きを抑制してくれるのです^出典[7]。

とはいえ、薬など半強制的な増加は不自然な体重減少に繋がります。実際に脳内のセロトニンを強制的に増加させる『フェンフルラミン』というお薬の臨床試験において、不健康な形での食欲減退と体重減少が発生すると報告されています^出典[8]。

メカニズムとしてはセロトニンの増加で食欲抑制が起き、ダイエット効果も期待できます。一方でこの効果も薬による強制増加はマイナス影響が出る可能性が出ると憶えておいてくださいね。

筋肉成長にも効果的

脳と腸にほとんどが分布するセロトニン。実は筋肉の中にも少量ですが存在します。トレーニーが見逃せないのは、この筋肉中のセロトニンが筋肉の成長を促進する可能性があることです。

2012年にアメリカの研究グループが発表した論文によると、筋肉量と負の関係性にあるミオスタチンと呼ばれる物質と代謝や心肥大を制御するセロトニンが相互に作用しあう事で、結果的に筋肉量が増加する可能性があると指摘されています^出典[9]。同グループの実験では、セロトニンを投与されたネズミは縦方向の筋線維が大きく成長していたとのこと^出典[10]。

また、別の実験では薬により強制的にセロトニンを増加させた結果、78％の被験者で筋肉量が増え、平均増加量は5.5％だったと報告されています^出典[11]。

一方で2021年の実験ではセロトニン欠乏の状態のネズミは20％も運動能力が低下したとも結論付けられています^出典[12]。

セロトニンは精神的な逞しさだけでなく、肉体的な力強さにも影響するホルモンなのです。

イライラやストレス解消にも効果的

日本はストレス大国です。厚生労働省の2022年の調査でも半数以上（53.3％）もの人が日常的にストレスを感じていると報告されています^出典[13]。

そんなストレスに犯された日本人も体内のセロトニン量を増やす事で状況を改善できるかもしれません。

イスラエルの実験でもストレスの原因となるコルチゾールの分泌を抑える働きがセロトニンにあると報告されています。同実験では、逆説的ではありますが、コルチゾールが増加するとセロトニンが大量に分泌され、コルチゾール量が著しく低下したと結論付けられています^出典[14]。

また、セロトニンの原料となるトリプトファンの積極的な摂取が精神的安定に繋がる事も示されています。

アメリカの研究チームの実験でもトリプトファンを大量に摂取した被験者はポジティブな気持ちを抱きやすく、ストレスや不安感が減少したとまとめられています。ちなみに、被験者は精神的にも健康な人のみを対象としたとのこと^出典[15]。

セロトニンを増やす事で日々ストレスに悩まされる人だけでなく、意識の外で蓄積する精神的不安感の緩和も期待できるのです。

不安感を抑制し鬱解消にも

セロトニンにはストレスや不安感の抑制効果だけでなく、その結果として鬱の解消への働きを期待できます。

ストレスホルモンであるコルチゾール。恐怖心を煽るノルアドレナリン。逆に気持ちを高めるドーパミン。これら精神状態に影響を及ぼすホルモンの過分泌により不安感や鬱的症状は発生します。

実はセロトニンにはこの3つのホルモン分泌をコントロールし、適切な体内量を維持する働きがあるのです^出典[16]。

もちろんセロトニンの増加がうつ的症状の改善に効果的だと示す論文も存在します。2022年に日本医科大学が行った実験では、男性被験者20名に森の中を散歩させセロトニンの増加を狙いました。その結果、体内量は12％向上し、鬱的な症状の緩和も確認したと報告されています^出典[17]。

憂鬱な気持ちを感じた時こそ、意識的にランニングやウォーキングなどのリズム性運動を行い、セロトニンの体内量を増やすようにしましょう。

適度な体内量は精子の質の向上にも繋がる

過去40年で著しく悪化する精子の質^出典[18]。意外かもしれませんが、セロトニン量の健全化が質の高い精子に繋がる事も研究で示されています。

ペルーで20歳〜40歳を対象に、体内のセロトニン量と精子の質の関連性を調べた研究をご紹介します。この論文によれば、セロトニン量の少ない男性は健康的な値までセロトニンを増やす（50ng/ml⇒90ng/ml）と精子の質が改善したとのこと。特に精子の運動性への影響が強く、2.2倍も“動ける精子”の数が増えたと報告されています。

一方で体内のセロトニン量が多すぎる男性（100ng/ml以上）の場合には、数も運動率も低い傾向にあったとまとめられています^出典[19]。

兵庫医科大学では、神経伝達物質であるセロトニンが受容体を介して精子へ働きかける事で、運動率へ影響を及ぼすという仮説をもとに研究が進んでいます^出典[20]。

セロトニンの増加に繋がる適度な運動やストレスケアは精子の質へ好影響がある事がわかっています。妊活中の男性はセロトニンの事も考えてみてくださいね。

日中のセロトニン増加は睡眠の質の向上に◎

多くの人が悩む『睡眠の質の低下』。実はコレにも体内のセロトニン量が大きな役割を担っています。

1つ目の理由が睡眠のリズムを司るホルモン『メラトニン』の原料がセロトニンであること。日中にセロトニン量が増加する事で、夜間のメラトニン量が増加します。その結果、深部体温の低下など眠りやすい身体の状態となるため、快眠に繋がるのです。

また、セロトニンが持つリラックス作用も眠りの質の向上に好影響をもたらしています。実際に前述した森の中を散歩させる実験では、セロトニン量の増加に伴い不安感やストレスの抑制に繋がるだけでなく、睡眠の質を計測するスコアは平均して10％も改善したとまとめられています^出典[17]。

意外かもしれませんが眠りの質は日中の過ごし方、セロトニンの増やし方でも大きな影響があるのです。

血圧上昇での目覚めスッキリ効果に期待

セロトニンには脳を覚醒させ、スッキリした目覚めを実現する働きも期待できます。特に低血圧で「寝起きがスッキリしない…。」「フラフラする…」とお悩みの方は注目。必要に応じて交感神経を刺激し血圧を上げる働きがあるのです^出典[21]。

大学生を対象に起床後に強い光を浴びさせる事でセロトニン分泌を誘発し、その後の倦怠感や授業中の眠気を計測する実験が2019年に行われています。論文によると、起床時のセロトニン分泌を促す活動により、眠気や気分、視界の良好さにおいて良いスコアを出す傾向にあったとのこと^出典[22]。

目覚めの悪さの改善には、眠りの質を高めるだけでなく、起床後にセロトニンを急増させる活動をしてみるのも効果的です。

幸せホルモンのセロトニン。

リラックス効果などメンタル面だけではなく、腸内環境やダイエット、睡眠や目覚め、更には精子の質など嬉しい健康効果が期待できる物質です。

ただし、複数の身体のメカニズムに関与しているホルモンだからこそ、半強制的に増加させると意図しない副作用が発生する可能性も十分にあります。実際、SSRIなどのお薬で、意図的に体内量を増加させると男性機能不全などを含め、無視出来ない副作用が発生すると報告されています。

大切なのは、自らセロトニンは増やせると知っておく、実際に日常生活で意識的に取り入れることです。たんぱく質の摂取・ランニングやウォーキングなどのリズム性運動・リラックスできるヨガや瞑想などの生活習慣から自然にセロトニンを増やす行動を心がけましょう。