

執筆者
NP+編集長/NESTA-PFT
大森 新
筑波大学大学院でスポーツ科学について学んだ後、株式会社アルファメイルに入社。大学院では運動栄養学を専攻し、ビートルートジュースと運動パフォーマンスの関係について研究。アルファメイル入社後は大学院で学んだ知識を基に、ヘルスケアメディア「NP+」の編集やサプリメントの商品開発に携わる。筋トレ好きが高じて、NESTA-PFT(全米エクササイズ&スポーツトレーナー協会トレーナー資格)も取得。ラグビー、アイスホッケー、ボディビルのスポーツ経験があり、現場と科学の両面から健康に関する知識できるよう日々邁進中。
自慰行為の我慢が推奨される理由
平均寿命40歳の時代に、85歳まで生きた生粋の健康オタク貝原益軒。日本で初めての本格的な健康本「養生訓」において、次のように述べています。
「接して漏らさずが、長寿の秘訣である。」
これは女性と接しても、射精をしないことが健康的であり、長生きにつながるという意味です。
そして時を超え、現代でもインターネット上を中心に自慰行為を禁止するライフハックが一部の男性に注目されています。自慰行為を中長期的に禁止することで健康効果を超えた様々な効果が得られると言うのです。具体的に自慰行為を禁止することで得られると言われている効果は以下の通り。
- 意欲の向上
- 肌質の改善
- 自信がつく
- 筋肉がつきやすくなる
- 睡眠の質が向上する
- 女性にモテる
これらの効果は禁欲によるテストステロンの上昇に起因していると言われています。では自慰行為の禁止はテストステロンの増加につながるのでしょうか?自慰行為は本当に禁止すべきなのでしょうか?
最新エビデンスから自慰行為とテストステロンの関係について紐解いていきます。
短期的な禁欲は性生活の満足度を高める
禁欲を推奨する人々が必ずと言っていいほど、引用する文献に2002年に中国で行われた「7日間の禁欲実験」があります。
この研究では21歳から45歳の28人の男性に、8日間射精の禁止を命じました。その結果、禁欲7日目にテストステロンが45%増加しました。しかし8日目には元の値に戻りました出典[1]。

またこの研究には続きがあり、禁欲8日目に、28人の被験者を「射精して1度リセットするグループ(Grpup1)」と「そのまま禁欲を続けるグループ(Grpup2)」に分けました。
その結果、「射精してリセットするグループ」はリセット後7日目に再度テストステロンが増加したのに対し、「そのまま禁欲を続けるグループ」では禁欲14日目にテストステロンは増加しませんでした。

この研究から短期的な禁欲はテストステロンを高めるが、禁欲を継続しすぎるとテストステロンには効果がないことがわかります。
また2001年にドイツで行われた別の研究では、週に2~3回セックスを行う22歳から29歳の若い男性を対象に、3週間の禁欲を命じました。そして禁欲前と禁欲後で、自慰行為時のテストステロンの変化を調査しました出典[2]。
その結果、禁欲前は自慰行為後にテストステロンが低下したのに対し、3週間の禁欲後は自慰行為時のテストステロンの低下が抑制されました。

これら2つの研究結果から、短期的な禁欲は一時的にテストステロンを上昇(または低下の抑制)させ、性生活の満足度を高める可能性があります。
ただし、継続的に平常時をテストステロンを上げるわけではないため、インターネット上で言われている意欲の向上やモテにつながる可能性は低いです。
では結局自慰行為は控えるべきなのか?
2000年代初頭の研究から、短期的な禁欲が一時的にテストステロンが高まる可能性が示唆されました。では我々は自慰行為を控えるべきなのでしょうか?最新のエビデンスから紐解いていきましょう。
自慰の頻度が高いほどテストステロンは高い
我々は自慰を控えるべきか?その問いに答えたのが、カナダのマギル大学のAniruddhaらです。Aniruddhaは2016年に自慰行為の頻度とテストステロンレベルの関係について、57〜85 歳のアメリカ人男性620人を対象に中規模の調査しました出典[3]。
その結果、より頻繁に自慰行為をする男性はテストステロンのレベルが高いことがわかりました。
自慰の回数が多いからテストステロンが高くなるのか、テストステロン値が高い人が自慰を多く行うのかは不明ですが、射精がテストステロンを低下させる可能性は低いようです。
性的刺激は日内変動によるテストステロンの低下を抑制する
また、2021年にドイツ体育大学ケルンは、平均年齢27歳の若い男性11名を対象に、自慰行為後のテストステロン値の変動を調査しました出典[4]。
具体的には11名の男性それぞれに午後14時に「自慰をしない日」「自慰をする日」「ポルノ映画を見る日」を設けてもらい、その後翌日の朝8時までのテストステロンの変動を調べました。
テストステロンは一般的に睡眠中に分泌され、朝にピークを迎え、夜になるに連れて徐々に低下していきます。研究の結果、「自慰をする日」「ポルノ映画を見る日」は「自慰をしない日」と比べて、日内変動によるテストステロンの低下が抑制されたことが示されました。
具体的なメカニズムは不明ですが、テストステロンが性欲向上に関わるホルモンであることを考えると、性的刺激を定期的に受けることは重要でしょう。
他の要因からも考えてみよう
以上より近年の研究から、射精はテストステロンをむしろ上昇させる可能性があります。しかしまだまだ研究数が少なく、「自慰行為はすべき!」と断定できないのも事実。そこで最後にテストステロン以外の要因から自慰行為をすべきかどうかについて考えてみましょう。
まず自慰行為のメリットとしては以下のようなものがございます。
- 精子の質を良好に保つ:6008人の男性の9489の精液サンプルを調査した研究では、精子の運動率は禁欲期間1~7日の間が最も高く、8日目以降は低下することが示されました出典[5]。
- 前立腺がんリスクの低下:月に21回以上射精する男性は、月に4~7回しか射精しない男性と比べて前立腺がんになるリスクが20%低下しました出典[6]。
- 睡眠の質の向上:自慰行為によるオーガズムはホルモンバランスを変え、眠りを深くする可能性があります出典[7]。
一方で自慰行為のデメリットは明確には示されていません。自慰行為を行うことに罪悪感を感じている場合は、精神的な健康を損なう可能性が論文で示唆されていますが出典[8]、まだはっきりとしない分野ではあります。
テストステロン以外の面からも、自慰行為は適度に行うのが健康によさそうですね。
まとめ
以上、テストステロンと自慰行為の関係についてでした。まだまだ研究数が少ない分野ではありますが、現時点では以下のことがわかっています。
- 短期的な禁欲は一時的に性生活の満足度を向上させる可能性がある
- 自慰行為を含む性的な刺激はテストステロンの分泌を刺激する
- テストステロン以外の面からも定期的な自慰は健康に大切
インターネット上で言われているような、平常時のテストステロンの上昇は現在のところ期待できないようです。むしろ定期的に射精することがテストステロンにも、その他の健康にも有益な可能性があります。日常生活に支障をきたさない程度に適度に楽しむのがよいでしょう。
出典
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