執筆者
管理栄養士
井後結香
管理栄養士の資格取得後、病院に勤務。献立作成や栄養指導を経験後、健康相談員として地域の特定保健指導業務や疾病の重症化予防事業などに取り組む。健康管理の要となる食事の記事では、無理なく日々の生活に取り入れられるような内容を心掛けている。手軽かつ楽しい食改善で体質の向上を目指せるよう、読みやすく分かりやすい文章での紹介に努めている。
はじめに
長時間のデスクワークや腰に負荷のかかる重労働、加齢による筋力の低下などにより発生する腰痛は、日本人の国民病とも呼べるほどに多くの人を悩ませています。姿勢の矯正や薬の服用が痛みを和らげる主な手段となっていますが、痛みの悪化や緩和には食生活が大きく関係していることはあまり知られていないのではないでしょうか。腰痛に限らず、頭痛や関節痛、筋肉痛などの身体を苦しめる痛みを少しでも和らげるため、食事からのアプローチでできることは沢山あります。この記事では痛みの仕組みや食事との関連について解説しつつ、痛みの緩和に効果的となる食事についても紹介します。
慢性的な痛みは死亡リスクを30%高める!?
私達が感じる「痛み」は急性疼痛と慢性疼痛とに大きく分けられます。はっきりとした原因があり組織障害が生じている痛みを急性疼痛、原因をはっきりと特定することが難しく、組織傷害が治まっても続く痛みを慢性疼痛と呼びます。腰痛、頭痛、リウマチ痛、関節痛など、私達を長く悩ませる痛みは大抵の場合、慢性疼痛に該当します。
これら慢性疼痛は私達のパフォーマンスを低下させたりストレスを蓄積させたりするのみならず、その後の死亡リスクの上昇にも関連している可能性があるとして問題になっています。疼痛を抱える成人の生命状態を8年にわたり調査した前向きコホート研究において、局所的あるいは広範な痛みを有する人は、そうでない人に比べて死亡するリスクが20~30%上昇していることが判明しました。特に広範な痛みとがんの発症率や死亡率との関連が高く、乳がんや前立腺がんに強くその傾向が見られています出典[1]。
このように、長く続く痛みである慢性疼痛の放置は、現時点でのQOLを低下させるだけでなく将来の健康リスクを大きく害する要素となり得ます。そのため痛みを我慢せず、緩和させたり予防したりすることが重要となります。
あなたの痛みは食事が原因かも?
腰痛や頭痛、関節痛などの痛みを長期にわたり感じている場合、薬を飲み安静にすることで痛みの緩和をはかり、また再発防止のためには運動や重労働を控える、といった対策が主に取られるでしょう。もちろんこれらの対策は重要ですが、痛みを緩和させるための助けとして食生活の改善が有効である場合もあります。またいつまでも痛みが強いまま残っている場合、炎症や疼痛を誘発するような食事が原因になっている場合もあります。
慢性疼痛の場合、病変や大きな傷がないにもかかわらず炎症反応が続いているために痛みを生じている場合が多く、この痛みを取り除くためには過剰な炎症反応を鎮める必要があります。炎症はインターロイキンなどの炎症性サイトカインによって誘発されますが、この炎症性サイトカインの分泌に関わるのが体内で発生した活性酸素です。
活性酸素は偏った食生活を続けることにより発生量が増えてしまいます。果物や野菜の極端に少ない食事、脂身の多い肉類や超加工食品を中心とした食事が習慣化している場合には、活性酸素の量が増え、炎症性サイトカインの分泌が促進され炎症による痛みが起こりやすい状況になっていると言えます。
逆に抗酸化作用や抗炎症作用を持つ食品を積極的に摂取した場合には、炎症性サイトカインの分泌が抑えられ、痛みの悪化を防ぐことができる可能性があります。
【痛み別】身近な3つの痛みに効く食事
長引く痛みをコントロールするためには、痛みの原因となっている身体の変化を起こさないようにすることや、体内で発生する過剰な炎症を鎮めることが重要です。この章では身近な3つの痛みに注目し、痛みの緩和や予防に有効となる栄養素や食事について紹介します。どれも即効性があるものではありませんが、意識した食生活を続けることで痛みの緩和や予防など一定の効果が期待できます。
腰痛
国民病とも呼ばれることの多い腰痛ですが、根本的な治療法は残念ながらまだ見つかっていません。痛みの緩和には注射や薬が用いられるほか、予防法としては整骨院で施術を受けたり、腰回りを温めて血行を良くしたりするなど、幾つかの方法が普及しています。
メカニズムと対策
腰痛は姿勢の偏りや無理のある重労働によって生じることが多いため、改善のためには姿勢の見直しを行い、背筋を伸ばしたり体の傾きを治したりすることが重要です。姿勢の矯正を整骨院で行う場合もあるかもしれませんが、長時間背筋を伸ばした正しい姿勢を維持するためには腰回りの筋力を鍛える必要があります。重労働時の負担軽減にも筋肉や骨を強化することは重要であり、そのために食事の力を借りることは有効に働くでしょう。
また腰痛に悩んでいる人は、偏った姿勢や激しい運動により血流が滞っている可能性があります。血流が悪いと疲労物質や活性酸素がその場に留まったままになり、痛みが発生しやすくなってしまうため、血流の改善も合わせて意識するとよいでしょう。
膝の痛みに有効となる食事
偏った姿勢や激しい運動の負荷に耐えうる体を作るため、骨の形成に関わるカルシウムとマグネシウム、カルシウムの吸収率を上げるビタミンDの摂取をまず意識してみましょう。カルシウムやマグネシウムは乳製品に、ビタミンDは魚などの動物性食品に豊富です。
筋力の維持のため、たんぱく質の積極的な摂取も推奨されます。慢性腰痛と食事との関連を調べたコホート研究において、食事のたんぱく質含有量が多い人ほど慢性腰痛の有病率が低いこと、逆にエネルギー密度の高い食事をしている人ほど有病率が高いことが明らかになっており出典[2]、高たんぱく質かつエネルギー密度の低い低脂質な食事により痛みを軽減できる可能性が示されています。
既に発生している炎症や痛みを抑えるには、活性酸素を無害化できる抗酸化物質や抗炎症物質が有効であるため、ω-3系脂肪酸やビタミン類の摂取が推奨されます。血流を改善させるためにもこれらの栄養素は効果的に働きます。糖質や飽和脂肪酸の過剰摂取は活性酸素を発生させたり血管を傷付けたりするリスクが高いため、意識して避けましょう。
以上のことから、腰痛の管理には総じて魚中心の食生活が効果的であると言えます。野菜や果物、ナッツ類の摂取も有効に働く場合があるため、意識して食事に取り入れるようにしてみましょう。
膝の痛み
怪我をしていないにもかかわらず慢性的に膝が痛むという場合、主な原因として変形性膝関節症が挙げられるでしょう。膝関節の軟骨がすり減ることで痛みを生じる疾病であり、現時点では根本的な治療法がないため、進行を防止しつつ痛みを緩和する対処療法が行われています。
メカニズムと対策
軟骨は重労働や激しい運動などにより負荷がかかり続けることで徐々に擦り減り、変形していきます。加齢により軟骨へかかる負荷も蓄積されていくため、変形のリスクも上昇します。
軟骨へかかる負荷が増大すると、活性酸素の発生量も増えて炎症が誘発され、膝が熱を持ったり痛みを生じたりしてしまいます。軟骨の変形により膝の柔軟な曲げ伸ばしができなくなるほか、更に軟骨が擦り減ることで骨同士が擦れ合い、骨からの痛みが生じたり骨の変形が起きたりしてしまいます。
これらの痛みを防止し緩和するには、軟骨の変形を進行させる炎症反応を抑えることが重要です。また日頃から膝に負担をかけないような生活を心掛けることも有効な予防策となるでしょう。
膝の痛みに有効となる食事
炎症の抑制に働くのは抗酸化物質および抗炎症物質です。ビタミンCやE、ポリフェノール、ω-3系脂肪酸などを積極的に摂取することで活性酸素を無害化でき、炎症による痛みが緩和される可能性があります。特にブルーベリーに含まれるフラボノイドの抗酸化・抗炎症作用が膝関節痛に与える影響が注目されており、変形性関節症の患者がブルーベリーを定期的に摂取した介入試験においては、歩行パフォーマンスや炎症状態の改善が確認されています出典[3]。
また膝にかかる物理的な負担を軽減するための方法として、減量はかなり効果的なアプローチであると言えます。過剰なエネルギー摂取を避け、体重を適正に保つことで軟骨の変形を最小限に抑えることができるでしょう。
片頭痛
片頭痛は脳血管の拡張により神経が圧迫されることで起こる頭痛です。吐き気を伴うこともあり、日常生活に支障をきたすことが多い痛みであると言えます。
メカニズムと対策
片頭痛の原因は完全には明らかになっていませんが、有力な説として、脳血管が激しく収縮した反動による血管拡張が痛みを引き起こしている、というものがあります。
まずストレス環境に晒されることで神経伝達物質であるセロトニンが過剰に分泌され、脳血管が収縮します。その後セロトニンが代謝されて失われると血管が一気に広がります。この拡張された血管が脳神経を圧迫し、炎症物質が生じて痛みが出るとされているのです。
セロトニンの分泌抑制にはストレスコントロールが有効ですが、食事からのアプローチとしては、血管を過剰に収縮させる食品を避けることが重要です。また、炎症を抑えるための抗酸化物質も不足なく摂取すべきでしょう。
片頭痛に有効となる食事
チョコレートを食べると頭痛が起きたという経験がある方もいるのではないでしょうか。チョコレートにはチラミンという物質が含まれており、これはセロトニン同様に血管を収縮させるため、その後の代謝により血管が一気に拡張し痛みを生じてしまいます。またチョコレートに含まれる油脂は活性酸素を発生させる要因となるため、炎症のリスクを上げてしまいます。痛みの管理のためには避けた方がよいでしょう。
アルコールも脳血管を拡張させる効果を持つため、量を控えて飲むようにすべきです。特に赤ワインはポリフェノールを含んでいるため血管を拡張させやすく、頭痛を起こしやすいとされているため意識して避けましょう。
活性酸素の無害化や炎症の抑制には抗酸化物質や抗炎症物質が効果を発揮します。特にω-3系脂肪酸の有用性に注目が集まっており研究が進んでいます。慢性頭痛の治療中の患者による脂質摂取を行ったランダム化比較試験では、ω-3系脂肪酸の摂取量を増やし、ω-6系脂肪酸を減らす食事介入を行うことにより、頭痛の痛みが軽減できることが分かっています出典[4]。魚やナッツ類からω-3系脂肪酸を摂取する食習慣を心掛けることで、痛みの緩和が期待できるでしょう。
まとめ
痛みを軽減し、痛みを生みにくい体質を作るために有効な可能性がある食事について幾つか紹介しました。どの痛みに関しても、炎症反応の軽減のため、魚類やナッツ類の摂取は有効に働く可能性が高いとされています。肉類中心の食生活をしている場合には魚料理を積極的に取り入れるようにすることで、痛みを緩和する効果が期待できます。薬の服用で今ある辛い痛みをコントロールしながら、これらの食事を長く続けることで痛みに強い体質を目指してみましょう。
出典
- 1.
J McBeth 1, D P Symmons, A J Silman, T Allison, R Webb, T Brammah, G J Macfarlane. Musculoskeletal pain is associated with a long-term increased risk of cancer and cardiovascular-related mortality. Rheumatology (Oxford). 2009 Jan;48(1):74-7.
- 2.
Simona Dragan, Maria-Corina Șerban, Georgiana Damian, Florina Buleu, Mihaela Valcovici, and Ruxandra Christodorescu. Dietary Patterns and Interventions to Alleviate Chronic Pain. Nutrients. 2020 Sep; 12(9): 2510. Published online 2020 Aug 19.
- 3.
Yahya Pasdar, Behrooz Hamzeh, Sheno Karimi, Shima Moradi, Sahar Cheshmeh, Mohammad Bagher Shamsi & Farid Najafi. Major dietary patterns in relation to chronic low back pain; a cross-sectional study from RaNCD cohort. Nutrition Journal volume 21, Article number: 28 (2022)
https://nutritionj.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12937-022-00780-2
- 4.
Christopher E. Ramsden, Keturah R. Faurot, Daisy Zamora, Chirayath M. Suchindran, Beth A. MacIntosh, Susan Gaylord, Amit Ringel, Joseph R. Hibbeln, Ariel E. Feldstein, Trevor A. Mori, Anne Barden, Chanee Lynch, Rebecca Coble, Emilie Mas, Olafur Palsson, David A. Barrow, and J. Douglas Mann. Targeted alteration of dietary n-3 and n-6 fatty acids for the treatment of chronic headaches: A randomized trial. Pain. 2013 Nov; 154(11): 10.1016. Published online 2013 Jul 22.
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