執筆者
薬剤師
塩見 友香
大学卒業後、総合病院に勤務し、内科・泌尿器科・透析科・循環器科での服薬指導を経験。日本糖尿病指導療法士、栄養サポートチーム専門療法士、心不全指導療法士の資格を有する。現在は未就学児2人を子育てしながら病院薬剤師として従事、現場経験をもとに医療ライターを行う。
目次
プリモボラン(メテノロン酢酸エステル)とは?
プリモボランは、たんぱく質同化ホルモン剤と呼ばれる薬の一つです。
たんぱく質同化ホルモン剤は、男性ホルモンと類似した化学構造をもち、筋肉を増やしたり、血球を増やしたりといったさまざまな作用をもちます。
アナボリックステロイド*として一部の人に知られており、特に筋肉増強や脂肪減少などの効果が注目されています。
アナボリックステロイド*とは、正式名称「Anabolic androgenic steroids (AAS)」で、タンパク質同化作用をもつステロイドの総称。
プリモボランは日本において認可されている医薬品のため、購入するには医師からの処方が必要です。
ただしメテノロン酢酸エステルは「メテノロン」や「プリモノロン」という商品名で、インターネットを通じ個人輸入という形で入手もできるようです。
プリモボラン(メテノロン酢酸エステル)の歴史
プリモボランの開発経緯や現在の使用方法、ドーピング問題について解説します。
1.骨粗しょう症や難治の貧血に治療薬として使われている
プリモボランの成分であるメテノロン酢酸エステルは、1957年にBayerAG中央研究所で開発されました。その後、1962年に日本で製造販売承認を取得し、現在も汎用されている医薬品です。
現在、プリモボランの治療効果が認められているのは以下の病気です出典[1]。
- 骨粗しょう症
- 再生不良貧血と呼ばれる難治の貧血
- 慢性腎臓病・がん・熱傷の補助治療
- 小児の低身長症の改善
近年、プリモボランよりも効果が高く副作用が少ない別の医薬品が登場しているため、使用頻度は多くありません。
2.ドーピング規制対象薬剤のひとつである
プリモボランの成分であるメテノロン酢酸エステルは、世界ドーピング規制(WADA)対象薬剤のひとつです出典[2]。つまり、公式試合で使用が発覚した場合には失格処分となります。
2009年には、MLB当時レンジャースに所属していたアレックス・ロドリゲスがメテノロン酢酸エステル使用によるドーピング違反でニュースになったのは記憶に新しいかもしれません。
近年、プリモボランを含むアナボリックステロイドは、筋肉増強剤としてサプリメント感覚で使われており、国内外問わずスポーツ業界で問題視されています。
プリモボラン(メテノロン酢酸エステル)の臨床試験と効果
プリモボランの効果について、科学的なデータをもとに紹介します。
1.脳卒中後の筋力低下防止
プリモボランによる筋肉への作用は、脳卒中の後遺症で十分に身体を動かせない人の筋力低下防止に役立ちます。
2012年藤田保健衛生大学の文献によると、脳卒中片麻痺患者34例を対象として、プラセボ群とプリモボラン群(メテノロン100mg筋注を週1回×6回実施)で筋力および筋力量を評価しました出典[3]。
その結果、膝屈伸筋力が有意に増加。大腿筋断面積の平均増加率は、プラセボ群4.1%のところ、プリモボラン群では12.9%と有意に増加していました。
プリモボランを含むアナボリックステロイドは、現在も高齢者や身体に障害をもつ人の筋力を維持する効果が期待され、研究が続けられています。
2.低身長の改善
プリモボランは成人だけでなく、小児の低身長症にも応用されています。
成長板と呼ばれる軟骨部分にプリモボランが働き、骨を伸ばすのです。また体内の成長因子IGF-1の量を増加させます。
2012年に低身長思春期発来*男子を対象とした研究を国立成育医療センターが発表しています出典[4]。
無治療群30名と治療群22名で身長の伸びを評価しました。なお、治療群は、たんぱく同化ホルモン剤であるウィンストロール2〜4mgもしくはプリモボラン5〜15mgと、性腺抑制のリュープリンの併用療法を行っています。
結果は以下の通りです。
- 平均成人身長:無治療群 159.6±2.0cm、治療群 164.6±3.6cm
- 思春期の身長の伸び(変化率):無治療群 20%、治療群 26%
たんぱく同化ホルモン剤で治療した群は、平均身長および身長の伸びが有意に高い結果となりました。
ただし、プリモボランの身長に対する効果は小児限定のものです。成人の場合には身長を伸ばす効果はないため使用しないでください。
低身長思春期発来*とは、思春期における身長が通常より低い子ども。成人になる過程で身長が伸びづらいことで知られている。その原因は、成長ホルモン分泌異常などがある。
3.貧血の改善
プリモボランは、貧血の治療薬として主に活躍しています。
男性ホルモンのテストステロンと類似した構造や作用をもつプリモボラン。
以前よりテストステロンは、造血細胞に直接働きかけたり、造血ホルモンであるエリスロポエチンの作用を強めたりすることで赤血球を増やすと報告されています。そのため、プリモボランも赤血球を増加させることが明らかとなっているのです。
プリモボランの臨床試験データを紹介します出典[1]。
男性166名を対象として、タンパク質同化ホルモン(そのうち22名がプリモボランを使用)を28日間投与し、その後貧血の指標である血液内のヘモグロビンの量と赤血球の数を評価しました。
その結果、へモグロビンの量は平均2.6%→3.8%に増加、赤血球の数は0.08〜0.29×106/mm3の範囲で増加したとのデータが得られています。
現在、プリモボランは一般的な貧血に使用されることはなく、難治の貧血にのみ使われています。
4.骨粗しょう症の改善
プリモボランは、以前は骨粗しょう症治療としてもよく使われていました。
骨粗しょう症に対する効果も、プリモボランの臨床試験データで紹介します出典[1]。
健康成人、骨粗しょう症や生殖腺機能異常障害をもつ患者を対象に、プリモボランを1日20〜30mg投与したところ、体内のカルシウムが体重1㎏あたり1日1.26mg貯留していました。
この結果は、プリモボランには便や尿からのカルシウム排泄を防ぎ、骨形成作用を高める効果があることを示しています。
また、他の論文でも、アナボリックステロイドは骨粗しょう症患者の骨量を高めることが明らかとなっているのです。プリモボランを含むアナボリックステロイドの骨量増加効果は年間3%程度との報告があります出典[5]。
プリモボラン(メテノロン酢酸エステル)の重篤な副作用とリスク
プリモボランを含むアナボリックステロイドには、肝障害や脱毛、にきびなど、さまざまな副作用が報告されています。その中には深刻な副作用も含まれています。
特に、プリモボランは医療用医薬品であり、医師の指示なく本来の用途と異なる使い方をすることで、これから紹介する副作用のリスクが高まります。
プリモボランを、サプリメント感覚で使うのは止めましょう。
1.肝障害
アナボリックステロイドの副作用の中で、良く知られているのが肝障害です。プリモボランは、トランスアミナーゼ*などの上昇をともなう肝障害や黄疸の副作用が報告されています。
プリモボランの化学構造はオキシメトロンやオキサンドロロンとは異なり、C17-α位にアルキル基がないため、他のアナボリックステロイドより肝障害は起きにくいとされています。
トランスアミナーゼ*とは、肝機能関連の血液検査項目である「AST」や「ALT」の総称です。一般的にASTまたはALTが100mg/dL以上で高トランスアミナーゼ血症と診断されます。
国立高崎病院(現・高崎総合医療センター)が1993年に発表した論文では、重度の再生不良性貧血をもつ75歳の男性に、プリモボランを用いて治療した後、トランスアミナーゼの上昇が認められました出典[6]。
プリモボランの肝障害は軽度であることが多く、使用を止めると肝機能は元に戻るという特徴を持ちます。血液検査で肝臓の数値に異常があった場合にはすぐ使用を中止しましょう。
2.心臓の異常
アナボリックステロイドによる心臓の異常や突然死は、頻度は低いけれど重篤な副作用です。
プリモボランでは、2010年トルコの文献で心筋梗塞の報告があります出典[7]。
急性心筋梗塞で入院した41歳の男性ボディービルダーの薬物服用歴を調査。その結果、スポーツパフォーマンス向上のため、オキシメトロンとメテノロン酢酸エステルを15年間使用していたことが明らかになりました。
アナボリックステロイドによる心臓への影響やメカニズムは、未だ解明されていません。しかし、両者の関連性を示す研究は数多く発表されています。その中のひとつでは、アナボリックステロイドの使用と心臓突然死が相関していると結論づけています出典[8]。
プリモボランを使用して、息切れや動悸、不整脈があった場合にはすぐに使用を中止して病院に受診しましょう。
3.コレステロール値の異常
プリモボランは、血中のコレステロール値を上昇させます。
あまり知られていない副作用ですが、他のアナボリックステロイドでも同様の副作用が報告されています。
1981年ドイツの研究では、プリモボラン投与歴のある転移性乳癌の女性28名を調査しました出典[9]。そのうちの10人が治療中にIIa型高リポタンパク血症、2人はIIb 型高リポタンパク血症が認められました。いずれも血中のコレステロールや脂質の異常を表します。
プリモボランによる血中コレステロール値の上昇は、生活習慣病にも繋がる異常であるため、軽微な副作用とは言えないでしょう。
4.ニキビ
プリモボランを含むアナボリックステロイドの副作用には、ニキビの報告があります。これまで紹介した副作用の中では軽微なものですが、頻度が高いことで知られています。
アナボリックステロイドは男性ホルモンに類似した構造をもつため、体内でホルモンバランスの変化を起こします。ホルモンバランスが崩れることで肌のコンディションに影響を与えるのです。
シドニーセントジョージ病院医学部で2000年に行われた、アナボリックステロイド使用者58名に対するアンケート調査では、そのうちの43%がニキビができたと回答しています出典[10]。
プリモボランも、同様に男性ホルモンに類似した構造をもつため、理論上はニキビも起こるといえるでしょう。
5.男性型脱毛症(AGA)
プリモボランによる抜け毛が気になる方は多いのではないでしょうか?
筆者が独自に文献を調査したところ、プリモボランと抜け毛の関連性を示した症例や文献はありませんでした。
ただし、プリモボランのもつアンドロゲン作用は、頭髪の脱毛を引き起こすことがわかっています。AGA(男性型脱毛)は、男性ホルモンの一種であるジヒドロテストステロンが毛髪を作る細胞に作用することで起こります出典[11]。
プリモボランは、ジヒドロテストステロン由来のアナボリックステロイドのため、理論上抜け毛のリスクとなるのではと考えられています。
6.不眠
不眠症を含む睡眠障害は、プリモボランなどのアナボリックステロイドの使用による副作用で最も多いといわれています。その頻度は25〜50%との報告もあります出典[12]。
2008年ブラジルのサンパウロ連邦大学は、アナボリックステロイドの使用者20名と非使用者21名の睡眠パターンを調査しています出典[13]。その結果、アナボリックステロイド使用者は非使用者に比べ、睡眠効率が低下、入眠後の覚醒回数が増えることがわかりました。
睡眠障害は、うつ病や認知症とも関連性が高いともいわれています。そのため、アナボリックステロイド使用者はうつ病や認知症の発症率が高いことが明らかになっています。
したがって、プリモボランを含むアナボリックステロイドは、多くの病気の発症に影響を及ぼすと言えるでしょう。
プリモボランの「副作用が少ない」は鵜呑みにしてはいけない(まとめ)
プリモボラン(メテノロン酢酸エステル)は、男性ホルモンと類似した化学構造をもつたんぱく質同化ホルモン剤のひとつ。たんぱく質同化ホルモン剤は、アナボリックステロイドとも呼ばれています。
アナボリックステロイドは、筋肉増強作用・脂肪減少作用をもつことから、ボディービルダーやアスリートなどが乱用し規制されている一面もあります。
プリモボラン(メテノロン酢酸エステル)の副作用はさまざまで、身体の重要な臓器である心臓や肝臓にもダメージを与えることがわかっています。プリモボラン(メテノロン酢酸エステル)をサプリメント感覚で使用するのは危険だといえるでしょう。
近年では「テストステロンブースター」とよばれる安全性が高く、筋力増強効果が見込めるサプリメントが開発されています。
筋肉を増強したい方、スポーツパフォーマンスを向上したい方は、アナボリックステロイドを安易に使用するのではなく、安全性の高い方法を模索してみてはいかがでしょうか。
出典
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